たぶんひっくり返るでしょうが・・・

国旗・国歌の強要が違憲の判断。
きっと・・控訴されて最高裁でひっくり返されるんでしょうけどね。
最高裁は国の言いなりであって、ちっとも三権分立なんてされてないっていうのは、もはや常識になりつつありますね。


ここで、この意見を書くのは3回目ぐらいですが。
国旗・国歌が日の丸・君が代であろうと、構わないですよ。
歌いたい人、胸を張って掲揚したい人、どうぞご自由に!です。
ただ、強制はしないでくれ、ってのが私の願いです。
私は日本国籍です。富士山も好きです。日本家屋や棚田も好きです。
でもいわゆる「愛国心」は持っていません。


小学生の頃から、式典の時に誰もいない舞台に向かって「一同礼!」をするのに、ものすごい反発がある私。
人がいないところに、なぜ頭を下げなければならんのか。納得がいかなかった。
その延長上で、必ず立って歌わねばならぬ、なんの説明もない歌にも疑問だった。
まぁ、それからいろんな歴史に解釈があることは知ったけれど。


血で汚れていない、戦争に関係のない、国歌も国旗もないっていうのは納得できるんです。
でもどうも、昔から暗黙のうちに「歌えよ!」「頭下げろよ!」という圧力をかけ続けられたのには納得がいかない。
そういうのが一番いや。見えない手に頭を抑えられ、口を開かされているのは我慢ならない。
歌いたかったら勝手に歌います。スポーツなんかは、なんとなく口ずさみます。
そこにある日の丸には別に抵抗はありません。
それでいいじゃないですか。


式典に規律は必要かもしれません。でもその規律は「頭を下げろ!」「口をあけろ!」というのとは違う気がします。
背筋を伸ばして参加していること、それが式典に大事な事なんじゃないですか?


愛国心に関わる事をどんどんどんどん法律や条例で決めて、じわじわと生殺しみたいなのは、許せない。
法律や条令で、規律は形で整ったとしても、私の心は拒否しています。
美しい国”っていうのは、恐らく法律や条令でできあがっていくのでしょう。
これから先、一体私達はどんな国に住むのでしょうか。
断固控訴をするという、東京都の姿、そして恐らく違憲判決はひっくり返る・・・。
暗澹たる気持ちです。